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偉大なり赤塚不二夫

  1. かまぼん 2008/08/07(木) 23:03:34

     漫画家赤塚不二夫さんの葬儀・告別式が7日、東京都中野区の宝仙寺で営まれ、タレントのタモリ(本名森田一義)が弔辞を述べた。全文は以下の通り。

       ×   ×

     弔辞 8月の2日にあなたの訃報(ふほう)に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。

     われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第一世代と言っていいでしょう。あなたの今までになかった作品やその特異なキャラクター。私たち世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。

     何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して、九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーで、ライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきりと覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然の出来事で、重大なことに私はあがることすらできませんでした。

     終わって私のところにやってきたあなたは「君はおもしろい。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるから、それに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションに居ろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断をこの人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。

     それから長いつきあいが始まりました。しばらくは毎日、新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと、ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。

     赤塚先生はほんとうに優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると、相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところを見たことがありません。

     その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。

     あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せる、あの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。

     あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも、目からはボロボロと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんのひたいをピシャリとたたいては「この野郎、逝きやがった」とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を無化していったのです。

     あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を絶ちはなたれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひとことで言い表してます。すなわち、「これでいいのだ」と。

     いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月。伊豆での正月。そして海外へのあの珍道中。どれもが本当に、こんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが、京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

     あなたはいまこの会場のどこか片隅で、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、ひじをつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら、弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。あなたにとって死もひとつのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは、夢想だにしませんでした。

     私はあなたに生前お世話になりながら、ひと言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを他人を通じて知りました。しかしいまお礼を言わさしていただきます。

     赤塚先生本当にお世話になりました。ありがとうございました。

     私もあなたの数多くの作品のひとつです。

     合掌。

     平成20年8月7日

     森田一義

    [ニッカンスポーツ]


    基本的に再販、再放送、リメイク世代。細川たかしがおそ松くんを歌ってしまうくらい。
    そんな私が伝説を語るなんて恐れ多い。




    もちろん、逆に言えば私が影響を受けるほど伝説的な方だった。




    でも、そんな影響なんて全て吹っ飛んでしまった。
    白紙を手に、タモリが語ったこの数分で。




    仕事の休憩時、こむめさんの日記で読んで衝撃が走った。
    風呂上がり、報ステでちょうどそのシーンが流れ、立ち尽くしたまま涙が止まらなかった。
    旅立つ直前に描かれたイラストに絶句した。




    赤塚不二夫の奥の深さを、今、初めて知った気がする。
    赤塚作品・タモリの“芸”の凄さ。
    最後に、こんな作品を見せ付けるなんて。




    偉大なり、赤塚不二夫。




    合掌。
  2. みの ◆- : 2008/08/10(日) 22:39:09 URL 編集

    子供の頃、そう、マンガが今のように市民権を得るなど誰も思ってもいなかった頃、赤塚不二夫のギャグマンガは「悪いマンガ」で「勉強のさまたげ」でした。大人から忌避されました。
    小学校ではイヤミの「ミーは…」という口癖をとりあげて「間違った英語ですから使わないように」と説教され、「勉強もしないで『おそ松くん』ばかり読んでる悪い子」は大いに叱られたものです。それでも男子は「シェー」をやめず、教科書やノートの余白は赤塚キャラクターのいたずら描きで埋められ、女子は「ひみつのアッコちゃんのコンパクトを買って〜」と親におねだりしたものです(自分も買って貰った…当然変身は出来なくてちょっとガッカリしましたw)。
    今、赤塚不二夫氏の訃報に際し、つつしんで哀悼の意を表すと共に…なんか個人的には「ラミパス、ラミパス、ルルルルル」…アッコちゃんが戻る時の呪文が確かこれで、つまり「自分の子供時代は本当に遠くなったんだな」。魔法はとけた、そんな気持ちにちょっとなりました。だって、漫画家の赤塚不二夫がそんなにも偉大な存在としてかえりみられる方になるなんて…思わず「シェー」やっちまいそう。
    みの拝

  3. かまぼん ◆fMoGI9hw : 2008/08/11(月) 23:15:52 URL 編集

    私らは漫画ってもう当たり前の世代ですからね。
    偉大なトキワ荘の面々を初め沢山の方々が頑張ってくださった後なので。

    やっぱり心に残るのはリメイクよりも再放送。
    おそ松くんよりもバカボン、そしてバカボンよりもアッコちゃん。ただ単に再放送の時間帯やタイミングがアッコちゃんの方が合っていただけですけどね。
    ってか、そういえばバカボンがなけりゃ「かまぼん」はきっと生まれなかったでしょうw
    とんでもないところで影響受けてましたよ、知らないうちにww

    ああ、偉大なり赤塚不二夫。

  4. 快傑ドロップ ◆POQ5NLzM : 2008/08/12(火) 01:29:33 URL 編集

    【まんが道】での赤塚氏を見てると、どうしてあんなにハチャメチャに変貌したのか
    謎ですがw

    そんな時、今日本屋で【まんが道】の続編の最新号を読むと、赤塚氏変貌が描かれて
    ました。
    この話を安孫子さんが書き上げた時は、まだ赤塚さんも存命だった訳で…。
    何か運命的なものを感じますね…。

    PS。バカボンのパパは、41歳。ひェェェ〜(^_^;)

  5. みの ◆- : 2008/08/12(火) 02:14:21 URL 編集

    そういえば「よんじゅういっさいのはるだから〜」…子供の頃、「41才」という年齢は「百万光年」というのと同じ位に、はるかなる先でございました…
    今や自分の過去にコケむして転がっているかと思うと(苦笑)いや単にそれだけですが。

    個人的には「まつげちゃん」とか、少女向けマンガも記憶にあります。あの当時は男性漫画家も沢山少女向けをものしておりましたが、「えっ?これも赤塚不二夫なんだ、へー」とか思ったり。
    兎に角、楽しく明るい子供時代を助けてくれた多くの作品群に感謝!何ともうしますか、実は話を始めると止まらなかったりします。もう止めます(笑)
    みの@あれもこれも思い出せば数限りなく拝

  6. かまぼん ◆fMoGI9hw : 2008/08/13(水) 00:56:27 URL 編集

    >快傑ドロップさん

    なるほど、そう言われてみれば…最新号、ちょっと読んでみます。
    41歳、桑田がそろそろ追いつきますなww


    >みのさん

    そうですねぇ、遠い感じがしてましたよ確かに。いまやもうすぐそこまで。
    41歳の春、あんなパパになれるかなぁ?

    記憶って辿り出すとキリが無いですよね。私の場合、赤塚作品より藤子作品を語ると止まらなくなりそうですが。
    でも、その藤子作品も赤塚作品があってこそなので。
    ただ、まつげちゃんは知らないですww

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  1. かまぼんの視点 2008/08/07(木) 23:03:34
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